自分らしく生きる

40代、真面目に不真面目を考える

【頭と心】老犬マル

御年18歳と5か月(人間でいうと90歳とか?)

家族の中で一番ご長寿。

 

もう、目も見えず、耳も聞こえず、歩くとこもままならない

ご飯を食べるのも、水を飲むのも、やっと。トイレもおむつの状態。

 

昼間はずっと寝ていて、夜中2,3時間おきに起きては鳴いて介護?を求める

その都度、水をあげたり、寝ている態勢を変えてあげる。

 

抱き上げて摩ってやると、すやすやと眠る。

抱く角度にも希望があるようで、手首が固まりしんどいのだが、子供の寝かしつけを2度経験しているので、勝手知ったるである。

 

抱っこしてると思い出す。マルがまだ小さかったころ、よく抱っこしてやったっけ。

 

今やその体はやせ細り、背中も丸まって、息も絶え絶えやっとという感じが肌から伝わってくる。実家に寝泊まりしていなったら気づけなかったと思う。

 

人間もいつかは年を取る。自分も、自分以外の人も。

 

「してあげたかった」「してあげればよかった」は絶対に叶えられない。過ぎた時間は、頑張っても戻せない。

 

もしも、仕事を休んでいなかったら、時間を作っていなかったら、きっと知りえなかったと思おう。気づけなかったと思う。

 

休職をして、「40歳にもなって何やってんだろう?」と自己嫌悪に陥ることも多かったが、大切な存在と時間と空間を共有にしてるうちに、「このためだったのかな?」と思えることが多くなってきた。

 

金銭的にはもちろん不安だ。収入も激減するし、安定もしない。

 

でも思う。

お金はどうにかなる。いざとなればどうにかできる(と願うw)。

自分が今どんな時間を過ごしたいのか、どんな時間を過ごすことが幸せなのか、立ち止まって考えてよかったと、今この瞬間は心から思う。